【Book Review】内田樹先生 「先生はえらい」


けったいなタイトルやな~と思って手に取った本です。

「子弟関係というのは、基本的に美しい誤解に基づくもの」の例として、夏目漱石の「こころ」が紹介されています。

「私たちが敬意を抱くのは謎の先生」
「人間の個性というのは、誤解者としての独創性」

先生というのは、知識の所有者でそれをクライアントに伝授する職業人ではない。

自動車教習所は定量的な技術を教え、F1ドライバーは「技術は定量的なものではない」と教えることができる。
いや、生徒は学び取る、感じ取ることができる。

学年トップの子たちの共通点は、実はここにあると思います。
例えば、同じように教えて、ぼぉ・・・っと心ここにあらずで聞いている子がいたとしたら、
学年トップ群の子たちは、そこに多大な創造力を重ね、勝手に誤解し、解釈し、「この先生はすごい!!」と興奮状態になっていて、廊下からどのレッスン時をのぞいても、キラキラしながら聞いている。

前回、ビリギャルの危険性を書いたのは、この理由で、自分で解釈しようともがかずとも、全て自分のレベルに落として解釈のおぜん立てをしてあげることは、知識の伝授では有効であっても、それが果たして「学び」なのかということです。

今の教育はあまりにサービス業を意識しすぎて、何もかも子供たちに合わせすぎてしまっているのではないか。

これから必要な人材とは、この本の中野能楽「張良」に出てきた弟子のような、壮大な勘違いができる人ではないかと思いました。

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